SHIMANE FILM FESTIVAL 30th Anniversary SHIMANE FILM FESTIVAL 30th Anniversary

SHIMANE FILM FESTIVAL 30th Anniversary SHIMANE FILM FESTIVAL 30th Anniversary
第30回しまね映画祭に寄せて
「しまね映画祭」開催30周年、おめでとうございます。
初めて「しまね映画祭」に参加させていただいてから、あっという間に四半世紀以上が過ぎてしまいました。その後「しまね映画塾」塾長の錦織良成監督と「RAILWAYS」などでご一緒させていただいたりと、故郷での撮影の数々も想い出深く心に残っております。
振り返れば、豊かな自然に恵まれた神話の故郷、島根、松江での少年時代〜思春期に出会った映画館での名作の数々には、あらためて感謝するばかりです。
けれど各地で映画館が少なくなってしまった現在、映画鑑賞を、かつてのように常に体験する機会は、決して多くはないかもしれません。
だからこそ、決して郷愁ではない、現在進行形の映画体験を提案し、届けてくださる、新たな神楽、神事ともいうべきこの映画祭が、皆様にとってかけがえのないものとなり、末長く続きますよう願って止みません。
佐野史郎(俳優)
≪プロフィール≫
俳優。島根県松江市出身。
1975年、劇団シェイクスピア・シアターの創立に参加。
1980年、劇団状況劇場(唐十郎主宰)に移籍。退団後、1986年、林海象監督『夢みるように眠りたい』で映画主演デビュー。
錦織監督『たたら侍』、 ドラマ『ずっとあなたが好きだった』など、多数の映画・テレビドラマに出演。

しまね映画祭、30 周年おめでとうございます。
令和の時代、映画を鑑賞する環境は大きな変化をしていますが、先輩方が映画館の少ない島根で、映画を大スクリーンで観ようではないかと紡いでこられた映画祭に 、 改めて思いを馳せています。
近年、アメリカ映画の撮影はフィルムに戻るなど4K や 8K のデジタル撮影よりフィルムの方が高画質であると見直されています。日本は、デジタル至上主義から脱却できていませんが、アナログのフィルムに回帰しているニュースは、しまね映画祭が予てよりスクリーン上映に拘ってきた意義を感じます。
祭りや伝統芸能が配信やリモートでは伝わらないのと同様、観客が集まって大スクリーンでみんな一緒に観ることで味わう醍醐味が映画にあると思います。それを経験する人が少なくなっているのは残念なことです。デジタル化は大歓迎なれど、人が動き、繋がって、触れ合い、顔を合わせることでしか成立しない文化が沢山あります。便利さだけを追及し、個を優先させることが進めば地域は壊れ、何も残らなくなってしまうのではないかという危機感を胸に、島根発の映画祭の行く末を見守り、応援していきたいと思います。
デジタル化によって撮影や編集が簡易になっても最後は人が何を考え、生きているのか、を掘り下げた作品を大スクリーンで観たいものです。
時代の流れに沿っていくことも大事ですが、愚直に護っていかなければならないものがある、伝えて行かなければならないものがあります。
映画は単に娯楽というだけでなく人生を変えることもある文化。
島根だからこそ出来るしまね映画塾は撮影経験のない人なども多く、出身も職業も違う老若男女が一堂に会して合宿撮影をするワークショップ。
そこには数々の人間ドラマがあります。
効率化とは無縁の大切なものがたくさん遺っている島根だからこそ、映画のアナログの醍醐味を伝えて行こうとするしまね映画祭、映画塾がこれからも続くことを祈っています。
錦織良成(映画監督)
しまね映画塾 塾長

第30 回しまね映画祭開催おめでとうございます。
僕も映画人生31 年目入りましたので、ほぼ同い年ですね。
島根にこんなにもたくさん映画を愛してくださる方々がいらっしゃる事を本当に嬉しく思います。
映画塾との出会いは『RAILWAYS 49 歳で電車の運転士になった男の物語』の編集中に錦織良成監督から、「今度しまね映画塾に来てくれないか?」と軽くお誘いを受け、「ああ、イイっすよ。」と軽く返事をしたのが最初だった様に記憶しています。
実は映画監督は副業で大学とか映像系の専門学校とかで講師をしている事が珍しくなくて、過去にも何度か似た様なお誘いを受けた事はあったのですが実現せずで、「あぁまたいつものヤツだ…」って思っ てました。錦織監督ごめんなさい!(猛省)
しかもその後「本当に行って欲しい」って連絡もらった時も、ウチの子が生まれて5 カ月だったので「約束したから行きますけど、帰りたくなっちゃうかも 」って言ったり。ところが島根に来てみたら楽しくて一度も家に電話しないという…
これ恥ずかしいんであんまり言って無いんですけど、30 周年記念にいい機会なんでお話しします。僕がしまね映画塾に参加させてもらう様になった11 〜 12 年前ってちょうど映画がフィルム(アナログ)からデジタルへの移行期だったのですが、 そのころ僕は「フィル ムで撮らなきゃ映画じゃ無い」みたいな今思うと変な固定概念があって。そんな折にしまね映画塾に呼んでいただいて作品に参加させてもらったり、ビール飲んだり、塾生さんと交流したり、ビール飲んだり、温泉入ったりして、「ビデオカメラで撮った 5 分の短編でも心が動く。これは『映画』だ」って僕の中で映画の考え方が変わったんです。
あのままだったら僕は間違った方向に突き進んで、もしかしたら映画の仕事続けて無いかも知れませんし、アカデミー賞も無かったかも知れません。僕を変えてくれたしまね映画祭・しまね映画塾には感謝しかありません 。後何年編集者として現役でやっていけるかはわかりませんがその先もしまね映画祭・しまね映画塾には携わっていければと心から願います。
しまね映画祭・しまね映画塾、お互いに良い年を重ねて行きましょう。
僕の方が1 年先輩ですけどね。
日下部元孝(映像編集技師)
しまね映画塾 編集講座担当/日本映画・TV編集協会

うわっ、凄い、素晴らしい、30 周年を迎えた「しまね映画祭」。
決して派手ではないけれども、スタート時から《環境》をメインテーマに掲げ、ドキュメンタリー、話題の劇映画、アニメーション、更に日本の名作、旧作などを、映画館のない県内各地の会場に届ける「しまね映画祭」は、 3 カ 月に及ぶ開催期間といい、実に画期的で、実に頼もしい。
ちょっと横道にそれるが日本には今年 34 回目を迎える「東京国際映画祭」はじめ、 100 を優に超える大小さまざまな映画祭がある。開催期間も 10 日間から 1 日限りまでいろいろで、主催する組織や団体も、国や自治体が絡んだ映画祭から、映画ファンたちが自腹で 立ち上げたような映画祭もある。町起こしや地域の活性化を狙った映画祭も有ると聞く。
・・・ が 、 島根県民会館が中心になっている「しまね映画祭」は、何よりも、映画館のない各地域に、娯楽文化、娯楽芸術としての映画を届けたいという純粋な熱意が感じられるのだ。映画は不特定多数の人が、スクリ-ンを見上げながら観てこそ、面白さも、感動も大きくなり、記憶にも残る、という信念。
私が「しまね映画祭」と出会ったのは、確か 1990 年代の中盤で、市町村合併が始まる前、上映会場も現在よりずっと多かった。しかも満席になることもたびたびで、皆さん、映画を待って下さっているのが、会場からひしひしと伝わってきた。
そして「しまね映画祭」から生まれ、今回19 回目を迎え た 実にユニークな「しまね映画塾」 。
誰でも自由に参加して、映画作りの面白さを体験する「映画塾」は、塾長・錦織良成監督の実践的なアドバイスと、熱い映画愛、その魅力的な人柄人気で、塾生はいまや全国規模にまで広がってきている。
継続は力なり。
「しまね映画祭 30 周年 」、自分ごとのように誇らしい私である。
北川れい子(映画評論家)
「しまね映画祭」&「しまね映画塾」の勝手応援団長★

